映画にはまって数年、心動かされた&萌えた映画を紹介します。映画館での鑑賞記録、特選DVD評、映画関連物他、いろいろ増える予定。
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2/18 ゾンビランド @自宅でDVD
2011年04月28日 (木) | 編集 |
監督:ルーベン・フライシャー
出演:ジェシー・アイゼンバーグ、ウディ・ハレルソン

ハンバーガーの牛肉から感染したウイルスによって、アメリカ全土の人間がゾンビと化してしまった。
引きこもりだった大学生コロンバスは、自分に課したルール(全速力で逃げる、トイレに入る時はゾンビに注意、ゾンビは二度撃ちするetc)を忠実に守りながら生きのび、故郷のオハイオ州コロンバスへと向かっていた。

途中で、ゾンビ狩りに執念を燃やすタラハシーという男と、詐欺で車や物資を奪いながら生きるウィチタとリトルロックの姉妹と出会い、行動を共にする。

4人とも互いを警戒し、本名を明かさず、地名を名乗ったが、死線をくぐり抜けてきた4人には家族のような絆が生まれていた。

帰る故郷も家族も失った4人は、唯一ゾンビがいないとされる、ロサンゼルスの遊園地へと向かう。


ゾンビ映画というと血も涙もないサバイバル劇というイメージがあるが、この映画は、悲惨なはずのサバイバルをゲームのように楽しんでいる。4人は相当ひどい目にあっているはずなのに。
銃を持ってゾンビを撃ち落とし、無人のスーパーで好きなものを手に入れたり、破壊したり、好きなお菓子を食べまくる。いつもはやってはいけないが、やりたくてしょうがないことを、やりまくっている。
まさに、遊園地。

その中でコロンバスは、家族を失った悲しみから逃れるために思い出を捏造するタラハシーや、女二人の身では詐欺をしないと生きていけなかったウィチタの姿を見て、悲惨な現実から逃避する人間や、他人を信用できない人間は自分だけではないと気づく。

そして死にそうな目に合っても、凝りずに好物のお菓子トゥインキーを探し続けるタラハシーを見て、悲惨な現実の中で、ささやかな楽しみを見つけて生きることを新たなルールにする。

現実が嫌いな人間が夢見る、世界のリセット、アクション映画のような破壊、自分と相手しかいないようなロマンスを再現しているが、実は現実を生き抜くためのサバイバルかもしれない。
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テーマ:ゾンビ映画
ジャンル:映画
4/23 ブルーバレンタイン
2011年04月26日 (火) | 編集 |
監督:デレク・シアンフランス
出演:ライアン・ゴスリング、ミシェル・ウィリアムズ

大学生だったシンディは、祖母の老人ホームを訪ねた時、引越屋のディーンと出会う。
身勝手なボーイフレンドと、傲慢な父親にウンザリしていたシンディにとって、優しく思いやりのあるディーンは
理想的な男だった。

ボーイフレンドの子供かもしれない子供を妊娠したが、中絶する決心のつかないシンディに、ディーンは結婚を申し込んだ。

結婚して7年後。
シンディは看護婦として朝から晩まで働き、家計を支えていた。
ディーンはペンキ屋をしながら、娘の面倒を見ていた。
忙しく、子供と顔を合わせられないことに罪悪感を抱いていたシンディは、未だに子供っぽさが抜けず、自分を気遣ってくれないディーンにいら立っていた。

飼い犬の死をきっかけに、ぐらついていた夫婦の間に亀裂が走る。
昔の夢のような幸せを取り戻そうと、ディーンは、忙しいシンディを強引にデートに誘う。
気の進まないデートの中で、シンディは、幸せだった昔を思い出す。

だが幸せは、昔を取り戻すことでは手に入らないのだと、シンディはすでに気づいてた。


愛し合ったカップルが、なぜ破局するのかを問うた物語。
シンディとディーンがどちらが悪かったというよりは、
2人とも、ロマンチックな恋愛関係から、結婚と言う現実的な関係に発展させられなかったと思う。

結婚しても成長しないディーンのほうが明らかに悪いが、シンディも自分の状況から逃れるために夫の優しさにのっかる形で結婚し、そのまま進んでしまったのだろう。

ラブストーリーとしてはバッドエンドだが、彼らは距離を取ったほうがよかったのだ。

希望的観測を言うなら、彼らは憎み合っているわけではないので、ディーンが自分の幼稚さに居直らずに、そっとしておいてほしいシンディを見守ってゆけば、新しく愛を育めるかもしれないが。


参照:ブルーバレンタインに関するトークイベント
http://www.b-valentine.com/report.html
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テーマ:映画レビュー
ジャンル:映画
2/21「ヒアアフター」「ハーブ&ドロシー」
2011年04月25日 (月) | 編集 |
●ヒアアフター 
映画館:MOVIX京都
監督:クリント・イーストウッド
出演:マット・デイモン、セシル・ド・フランス

タイのリゾートでバカンスを過ごすニュースキャスターのマリーは、大津波に巻き込まれてしまう。
意識を失った状態で、不思議な光景を見る。
帰国後、それは臨死体験だと知り、死後の世界を調べることに没頭する。
周囲には事故の後遺症と見なされ、キャスターを降板させられる。
自分の臨死体験をもとにした本がイギリスで出版され、ブックフェアでサイン会を開く。

ロンドンで、麻薬中毒の母と暮らすマーカスは、双子の兄を事故で失う。
福祉局によって、母と引き離され、里親の元で暮らすが、なじめずにいた。
生前頼っていた兄ともう一度会いたい、と願い、インターネットで霊能者を探すが、どれも胡散臭い連中ばかりだ。
やがて、死者と会話ができるジョージという男のホームページを見つける。

サンフランシスコに住むジョージは、かつては霊能者として活躍していたが、能力に頼られる生活に疲れ、今は港湾労働者として働いていた。料理教室で出会った女性と心を通い合わせるも、能力のせいで触れてはいけない過去を知り、破局してしまう。
さらに苦悩を知らない兄に、もう一度霊能力者として働かないかともちかけられる。いたたまれなくなったジョージは、愛読しているディケンズの故郷、ロンドンへ旅行にゆく。

ロンドンのブックフェアで、3人は出会う。

死後の世界をテーマにしているが、実は、この世で生きる目的を失いかけた人間の再生の話だった。
死後の世界を通じて、まったく繋がりがなかった人の人物が、互いのための存在になってゆく。

ジョージは、兄に頼ってばかりだったマーカスに、1人で生きられるというメッセージを伝える。
マーカスは、能力ゆえに孤独だったジョージに、同じ体験をしたマリーを引き合わせる。
死後の世界をあらゆる人々への取材を通じて、理解しようとしたマリーは、ジョージが心を開ける人間となることが示唆されている。

監督のイーストウッドは、「死後の世界があるかどうか、真実は誰にも分からない。 ただ、人は誰も与えられた人生を精一杯生きるべきだと、 僕は常に信じている」と述べた。
この映画の死後の世界は、この世に生きる者に、生きる力を与えている。
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テーマ:『ヒアアフター』
ジャンル:映画
2/26 「ナルニア国物語第三章」 「悪魔を見た」
2011年04月16日 (土) | 編集 |
2/26
●悪魔を見た(R-18)

ある雪の夜、国家情報院の捜査官スヒョンは、婚約者のジュヨンと電話をしていた。
ジュヨンは、大雪で車が動かなくなってしまい、レッカー車を待っていたところだった。
電話を切った後、ジュヨンの車に、1人の男が近づき、自分のワゴンで送ろうかと持ちかけた。

その数日後、ジュヨンは無残なバラバラ死体で発見された。

婚約者を守れなかった後悔と、犯人への憎悪に燃えたスヒョンは、捜査資料を無断で手に入れ、容疑者である4人の性犯罪者たちを次々と血祭りにする。

最後に残った1人の家を訪れるが、そこには年老いた両親と息子しかいなかった。
現在の住所を聞き出し、人里離れた工場に向かった。

そこには、血なまぐさい床と工具と、女物の服があった。
排水溝を探ると、ジュヨンに送った婚約指輪があった。

進学塾の送迎バス運転手のギョンチョルは、生徒の送り迎えをしていた。
乗客が少女1人だけになると、ギョンチョルは人気のない農地へとバスを進めた。

少女をビニールハウスに連れ込み、強姦しようとしたが、そこにはスヒョンがいた。
スヒョンはギョンチョルを襲うが、殺さず、足にけがを負わせて逃がした。

スヒョンは、ジュヨンに与えられた苦しみを、この男に味わわせてやりたかった。
逃がしては追い、追いついては逃がして、なぶり殺しにしようとしていた。

だがギョンチョルは、スヒョンの思惑をあざ笑い、次々と人を襲い、命を奪っていく。


スプラッター映画と間違えるほど、血と残虐描写が容赦ないので、要注意。
正義や改心への期待を、簡単にぶちのめす悪の姿を、繰り返し観客につきつける。

崇高な正義漢だったスヒョンは、悪をねじ伏せようとして失敗し、次第にギョンチョルの悪に染まる。
いや、手段を選ばずに容疑者たちを追い詰めた時点で、すでに悪だったのかもしれない。

正義のために、悪を手段として用いたり、悪から改心させる行為は、悪をコントロールできるという人間の思い上がりではないのか?
復讐劇のはずなのに、ギョンチョルの残虐行為の描写が目立つのは、こういう意図があるかもしれない。

スヒョン役のイ・ビョンホンの、哀しみと怒りを秘めた演技も素晴らしいが、ギョンチョル役のチェ・ミンシクの、巨体から発散される動の演技も素晴らしかった。対をなす2人の対峙のシーンや、復讐という共犯関係が伺えるジュヨンの父とスヒョンのシーンなどの、無駄のない映像美や、要所で流れるピアノ音楽は、残虐描写があっても、評価を下げられるものではない。
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テーマ:韓国映画
ジャンル:映画
3/21「トゥルーグリッド」「塔の上のラプンツェル」
2011年04月13日 (水) | 編集 |
●トゥルーグリッド
19世紀のアメリカ。父を無法者チェイニーに殺された少女マティは、老いた保安官コクバーンに仇討を依頼する。
彼は最初、マティを相手にしなかったが、自ら銀行と交渉して金を工面し、馬も調達する姿を見て、彼女の依頼を受けた。
さらに、チェイニーを生け捕りにしたい賞金稼ぎのラ・ボーフが現れる。
2人の男に煙たがられながらも、マティは父の形見の銃を手に、仇討の旅に同行する。

1969年の「勇気ある追跡」を、コーエン兄弟がリメイクした西部劇。
勧善懲悪だが、ハッピーエンドではない。仇討を果たした少女には、不幸が降りかかる。英雄となるはずの保安官も、最後はただの人になる。だが、人並みの幸せを得られなくても、成人したマティには後悔のかけらがない。

コーエン兄弟の映画は、自分の分を超えて行動した者は、世界から手痛い報復を受けたり、悪いことをしていなくても世界の不条理に打ちのめされたり、人間は大きな世界の一部として描かれている。
それでも、信念を持って生きることは無駄ではないと語っているようだ。



「塔の上のラプンツェル」
ある王国では、難産で苦しむ王妃のために、薬草を見つけた。
だが、その薬草は山奥に住む魔女が、若返りのために密かに隠していたものだった。
やがて王と王妃には娘が生まれた。娘の髪には薬草と同じ魔力が宿っていた。

魔女は娘を誘拐し、ラプンツェルと名付けて、塔に閉じ込めて育てた。
ラプンツェルは毎年、山の向こうから上る明かりを観ながら、外の世界を夢見ていた。
だが母である魔女からは、外の世界は危険だからと言い含められていた。

ある日、追手から逃れてきた盗賊の男フリンが、塔に忍び込んできた。
ラプンツェルは、不審者を警戒したが、初めて見る他人に興味を持ち、フリンと共に外の世界へ行くが…

ディズニーのプリンセスものは、「眠れる森の美女」や「シンデレラ」や「美女と野獣」でも、少女が王子様と結ばれて人生が好転するパターンだ。ラプンツェルもそのパターンを踏んでいるが、悪役の描き方と、恋愛がゴールではないところが違う。

悪役の魔女は、ラプンツェルを一見、大事に育てている。嫉妬して殺すのでなく、自分の愛玩物として愛する。
ラプンツェルは、フリンとの出会いによって、塔の外へと飛び出すが、彼との恋愛は、外の世界へ生きるためのきっかけに過ぎない。

依存的な母親(的存在)に作られた閉鎖的な場所から自立し、外の世界で生きる力を持つという、千と千尋の神隠しに似た、より現実的な物語になっている。

また、髪を切られたラプンツェルが、長い髪より可愛く見えるのは、アメリカに蔓延する、金髪のロングヘアーこそが美しいという幻想に対するアンチテーゼかもしれない。
魔女は、若さこそが美しいという強迫観念を持っていた。
ラプンツェルは、美の強迫観念からも自由になったのだ。
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テーマ:アカデミー賞/映画賞関連
ジャンル:映画
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